ガボット

ガボット

夫の語ってくれた思い出です。---

家でテレビを見ていた。 小学校の6年生のころだったと思う。 何の番組だったか覚えてないが,ある音楽が流れて来た。 素朴な明るさの中に少し古風で寂しげな空気が漂っている。 すっかり気に入ってしまった。 それは「ガボット」という曲だった。

「テレビで聴いたガボットという名前の曲」--- そう言って音楽の植村先生に聞けば, 教えてもらえるだろうと思った。 (須藤先生が他の小学校に転勤したあと,植村先生が赴任して来た。) しかし植村先生は困ったような表情をして言った。 「ガボット」という曲はたくさんあって, 作曲者がわからないとどうしようもないし, 作曲者がわかっても, 「ガボット」という曲はいくつも作っていることが多いのだと。 私も今なら先生の説明がよくわかる。 「ガボット」というのはある種の舞曲の名で, 「ワルツ」「行進曲」というだけでは曲を探す手がかりにはならないようなものなのだ。 でも何とかもう一度あの曲を聴きたいと思った。

それから数日後のことだったろうか, 植村先生はわざわざレコードをもってきてくれた。 それはいくつあるか知れない「ガボット」の一つで, 「ガボットというのはたとえばこんな曲」と私に説明するためだった。 しかしそれを聴いた私は「これです!」と叫んだ。 先生はとっさに意味が分からなかっただろう。 それも無理はない。 先生がたまたま選んだ曲は, まさに私が好きな「ガボット」だったのだ。

植村先生の声も姿も, いまでもはっきり覚えている。 授業中よくご主人のおのろけを言っていた。 「本当にやさしい人なの」と表情たっぷりに。

卒業後いつだったか小学校に行ったことがあった。 もう植村先生は別の学校に転勤になっていて会えなかった。 しかしそのとき先生のご主人が亡くなったことを耳にした。 先生は大丈夫だろうかと思った。 いまでもそう思う。 また私の方の事情で先生にお会いできるせっかくの機会を逃してしまったことがあった。 いまも残念に,申し訳なく思う。

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